2004年12月
「2004年12月、新天地青森へ。」
八戸へは深夜の高速バスで向かうことにした。 車中で読もうと思っていた藤原新也「台湾、韓国、香港」と川端康成「雪国」は気分が高揚していた為、1ページも開く事が出来なかった。 八戸までの9時間あまり、僕は一睡も出来なかった。まるで夜の静寂が僕をせせら笑っているようだった。 八戸に到着。 未だうつろ、ふとまだとなりに誰かいる気がしていた。 これから僕は自らの手で、足で、道を切り開いていくのだ。 ニエプスでのスライドショーに来てくれた倉田精二さんが 僕を指さし言った言葉が脳裏をよぎり、突き刺さった。 “東北行ってもがんばれよ” 阿呆や馬鹿と言われても僕は自分に正直でいたい。 正直に生きて行きたいと思っている。 24年間、ちゃんとした一人暮らしや長い一人旅をしたことがなかった。 一人では何も出来ないのかと、それが多少コンプレックスになっており、その意識はどんどん僕の中に浸透していた。 理由は他にもあるが、とにかく僕は八戸に来た。少しずつでも良い、確実な一歩を踏み出して行きたいと思う。 ネットで見つけたアパートへ不動産屋に案内してもらった。築数十年、リフォーム済みらしく外見とは裏腹に部屋はきれいだった。1DK、6畳の部屋とDKの6畳+ユニットバス。一人で住むには充分な広さだ。家賃は3万円、さすがである。 しかし部屋に入りドアを閉めてもまだ寒い。引越屋が来るまでブルブルと 体を震わせていた。元来寒いのが苦手な僕はどうやってこの冬を乗り切ろうかとあれこれ悩むのだが、名案浮かばず、一つ気合いを入れ直して冬を乗り切るしかないのだった。 「陸奥白浜に行く。」 本八戸から陸奥白浜へ向かう電車から見た八戸の工場地帯にあるもうもうと煙をあげる数本の大きな煙突が、まるで僕が来たのを歓迎するケーキのロウソクのようで少し嬉しかった。 誰もいない、白浜が続く海岸線を一人で悠々と歩いた。ひたすら歩くと、だんだん岩肌が露出して来た。さらに行くと巨大な岩がそこらじゅうにとそびえ立っていた。ここは地球ではなくピューと宇宙のどこかに来てしまった気がした。 巨大な岩の地帯を抜け上へ上へと上がっていくと180度海を見渡せる葦毛崎展望台に着いた。ここでもやはり海は雄大だった。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
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